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インドからだよ〜ん-V
丸田 太 のインド紀行

*** 尊大なる乞食 ***

インドでの仕事を上手く遣ろうとするには、インド人の事やインド社会についても分 かっておかないと、中仲日本流ばかりでは思うように出来ない。
長い間イギリスに統治されていたせいか、イギリス人並みにプライドは高く、お偉方 は勿論のこと一般庶民も当然の如く主張したいことを主張する。
しかし、強く固持したり反対すると意外と簡単に降りてしまう所もある。

カースト制は江戸時代の士農工商を更に細分化した様なものだとか。
元々は職種別集団であって上下の関係で決められた訳ではないように感じる。
数千のカーストがあったと言うからそれらの上下は決まっていたとしても厳密ではあ るまい。
しかし現在社会的に生きている制度でないにしても、学歴や収入の違いとして結果的 に今でも其れらしい関係として存在していることは間違いない。
菜食主義(ベジタリアン)にしても、この人口の多い国で植物系しか食べられなかっ た背景は確実だし、ジャイナ教徒のように、根菜も生きてる物の根源を犯してはなら ないとの観点で食べず、飛んでる小虫を吸い込んで殺してはならないとマスクを常用 するなど、宗教的観点が働いてベジタリアンを貫いている人達が居るのも確かだ。
我々外部から見て何とも理解出来ない部分が多いが、歴史的背景が違うから理解しよ うとすること自体が無理なことが多く、また理解したつもりが災いを招きかねない所 もある。

1年ほど前、我々夕食中のゲストハウスに、可愛い小学生位の2人の子供を連れた職 員が来た。
日本のカメラを持って来て、日付の写り具合が悪いのだと言う。
工場内で見ていた顔だったし既に宇野製作所の人と懇意にしていたので、気軽に調べ てあげ、電池が切れ掛かっているようだよと、次に日本から来る人に水銀電池を持っ てきて貰ったのだった。

それ以来このD君、35歳の副課長とは顔を合わせる度に挨拶を交わすようになり、 間もなくしてトレニーとして日本へ行った際にも、休みの日の横浜氷川丸観光ドライ ブ、取手の花火大会、そして取手八坂神社夏祭りには4人グループと一緒に祭りのハ ッピを着て神輿見物へと繰り出したのだった。

D君は大変仕事熱心で真面目にトレーニングをしつつ、「西インドの新工場(コンペ チター製印刷機をサルボニとほぼ同時スタートで納入)には絶対に負けたくないか ら、私達に任せて下さい」とインド人にしては珍しい張り切り様が印象的だった。
海軍を退役し年金を得ながら職員として働いていたので、仲間内でも結構裕福な暮ら し振りだったとか。
日本ではビデオデッキ、CDコンポ、電気掃除機など一杯買い込み、それを巧妙に我 々日本人がインドへ来る際に持参するように何人かに頼んでいたのだった。
私もビデオデッキの持参を頼まれ、何度か断ったが彼の温和にして熱心な頼み様につ い負けてしまい引き受けた。
それは帰国時にインド税関での関税(電気品は100%とのこと)を逃れる為だった が、「して遣ったり」と帰国後に仲間に吹聴したのが上司の機嫌を損ね、処分問題に まで発展したのだとか。
何とか其れからは逃れたらしいが、私が前回インドに来て彼から頼まれたビデオデッ キを渡そうとした時は警察の留置場に居ると聞いてびっくりした。
彼の仕事(メンテナンス部)がら業者との関係が多く、聞く所によると普段から色々 とおねだりしていて、堪り兼ねたある業者が警察に連絡しておき、賄賂を渡した所を 御用となったとのこと。
折角日本でトレーニングを積んだ者が居なくなって会社も打撃を受けたが、私もビデ オデッキの処分に困ってしまった。
所が今回彼からの使者がゲストハウスに私を尋ね、手紙を受け取った。
「心配かけたが、私は謀略で捕まったのであり釈放された。この者にビデオデッキを渡して欲しい。 暫くして職場復帰します」とのこと。
今D君は確かに家族と共に前からの宿舎に住んでいるらしく見た者がいる。
しかし我々との関係を知られたくないからか、彼自身はゲストハウスに来れないのだ ろう。
彼の部下や仲間の何人かに聞くと、彼は職場に戻れないだろう、とのこと。
実際、度々問題を起こした彼の復帰は成されず、後日風の便りにカルカッタで仕事を しているとのことだった。
成り行き次第で生きているインド人が多い中で、確かにD君は遣り手に見えたのだっ た。
税金逃れの為に、際どい事が出来るようでなければインドでも何処かの国でも抜きん 出られないのかなぁ、と思った次第。
出世と陥落とは紙一重と言う事か。
実際数少ないながらも職員の中には遣り手は居て、業者からバックマージンを取って いる噂は聞くし、我々に便宜供与をしつつプレゼントを強請る者も居る。
その際、D君の様に差されないコツは仲間を広く浅く作っておく事の様だ。

我々のゲストハウスへの職員の立ち入りは禁じられているが、其処をある日、営業の 相原参事がインド着任した夜にP課長が尋ねて来た。
酒好きで家でウイスキーを遣っていると奥さんに叱られると何時も愚痴っている人だ。
この夜も口実を見つけて飲みに来たのだった。
所がゲストハウスの門番を通じて禁じられてる訪問がバレるのを防ぐ為、門番を食堂 まで連れてきて「コイツは良い奴だから飲ましてやって呉れ」とコップにウィスキー を注いでやり、更にたまたま其処に来ていた運転手にもグイグイ飲ませていた。
酔っ払っているようでも頭はフル回転しているらしい。
このP課長は、インキメーカから指導に来た技術者が泊まった晩にも「接待して遣 らなけりゃ」とゲストハウスに現れ、結局我々にウィスキーを出させて赤ら顔で帰宅 していった。

我々は陰口として工場のトップを「尊大なる乞食」と言っている。
「ギブ&テイク」と言う言葉があるが、インド人の辞書に其の言葉は無く、代わりに 「テイク&テイク」と言う言葉がある。
取りっ放しである。
我々の一般社会通念として、違法とならない限り、会社対会社で「ギブ&テイク」は 行われていて、其れによる被害者が居なくて互いに幸せになるならば寧ろ好ましい事 と言える。
勿論会社がギブして個人がテイクでは業務上横領となる。
所がインド人の場合、裏での事は別として、表でのテイクは一切しないが、会社とし てのテイクには極めて熱心だ。
何かにつけて製品の悪さ、使いずらさを羅列し、其れらの改造を促す事は仕方ないと しても、本来は実生産に入って使う資材類、消耗品類も提供を迫る。自分達の在庫管 理が悪くて物が無くなったり、発注の遅れ、インドの交通事情による注文品到着の遅 れなど、自らの悪さの反省は一切無いままに、「この工場が止まってはお前達も困る だろう」との脅し文句で、我々が予備として持参していた物の提供を迫って来るのだ。
しかし、反省(学習能力)が無いから、同じ過ちを何度でも繰り返すこととなる。
「謝らない」「出来(知ら)ないと言わない」この二つは全インド人に共通すること で、インド人と接した全ての日本人が経験することだ。
「尊大なる乞食」と称する理由はここにある。

彼等が「テイク」ばかりで、何故「ギブ」をしないか。
別に彼等の会社にとって損害とならない事でも「ギブ」出来ることは沢山あったし、 それによってより多くの「テイク」も出来るのに、「ギブ」は悪だと決めている。
その理由がずーと判らなかった。
最終検収の為のテストが35台、半年間続いた終盤でのこと。
運転はトレーニングを受けた彼等が全て行う。
1台3週間の生産枚数と製品品質の基準が決まっていて、其れに合格することが最終 検収の条件となっている。
ナンバー印刷機の基準枚数は1日44000枚で、大概は50000枚印刷が出来てい たから特に問題は無かったが、彼等が目標としていた50000枚になると其れ以上 はもう刷ろうとしないでいた。
ある日、オペレータの一人が冗談半分で、「60000枚印刷が出来たら何か褒美を くれるか?」と聞いて来たから、まさか一気に20%プラスの生産アップは無理に違 いないと思い、気安く「あぁ好いよ、記念の写真を撮って、日本から何かプレゼント を持ってくる」と約束した。
私は其の翌日予定通り帰国した。
すると日本に着いて1週間も経たない間に6000万枚達成の知らせが入ってきた。
「インド人にしては珍しい事もあるもんだ」とプレゼント用の写真台紙を幾つか準備 し、3週間後のインド行きに持参した。
そして早速新記録達成チームの記念写真を取り、その達成日や生産数値をプリントに 加え、台紙と一緒にプレゼントした。
其の機械の最終検収テストは終わっていたが、隣で次の機械のテストが始まっていた。
すると、プレゼントした翌日には隣の機械で61000枚生産を達成、記録は直ぐに 塗り替えられた。
当然新記録達成チームも写真を欲しがるのは目に見えている。
しかし台紙の準備はしていない。
其処でこの際、全機種について其れまでの最高記録を調べ、其々のチームの写真 を撮って台紙無しでプレゼントをした。
更に丸田のサインだが最高記録の認定書(サティフケート)も作り、副賞としてイン ドと日本の飴玉を20個ほどずつ袋詰でプレゼントとした。
全部で50名程になった。
未だテストは進行中だった。
案の定、残り期間中に新記録更新は続出した。
目出度し目出度しだが、意外な事が起こった。
最初にプレゼントとして台紙付き写真を受け取った者が全員、其れを返して来たのだ。
何故?信じられないことだった。
もう一つ信じられないと言うか、理解に苦しむことがあった。
ナンバー印刷機運転の責任者である副課長が、メーカの認定書でなく、工場として の認定書が欲しいと工場次長に具申した所、あっさりと拒否されてしまったとか。
そう言えば50枚程の認定書は各印刷機室の責任者である副課長に同席して貰 い、一人ずつ丸田が握手して渡したのだが、たまたま顧客の部長が近くで見ていて、 「私は無関係だ」と、ぷぃと行ってしまった。
丸田としては黙認して呉れるだけでも良かったのだが、出来れば稼動率向上の為に彼 等も巻き込みたかった事だった。

こうした不思議な現象の答えは前に戻るが、彼等にとっては「テイク&テイク」し か無いと言うことで納得した。
後から貰った者か、全く貰えなかった者かは判らないが、高生産と言う利益供与(ギ ブ)によって我々メーカが利する事と引き換えにプレゼントを得た(テイクした)の は収賄になるとの理屈らしい。
つまり如何なる状況であれ「ギブ&テイク」は贈収賄になると言うことだろう。
この国では認定書は転職の場合に大きな価値を生む。
それを餌にしての生産促進は、組合との関係で不味いのだろう。
後ほど責任を追及される可能性がある事には近づかない、これも元社会主義国 の処世術と言うことか。
尊大なる乞食!万歳!

(オリジナル:1998.2.15、編集:2000年5月15日)

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